認知症ケアの技法として知られる「ユマニチュード」は、フランスで生まれて39年の歴史を持ちます。近年、日本の医療機関や介護施設でも普及しつつあります。
ユマニチュード(Humanitude)とは、フランス語で「人間らしさ」を意味する言葉で、「人とは何か」「ケアをする人とは何か」という哲学的な考え方がその基盤になっています。またそれに基づく実践的な技術から成り立っています。
ユマニチュードが目指すこと
この技法の特徴は、ケアの対象となる人の「人間らしさ」を尊重し続けるということです。ケアをする人は、ケアを受ける人に、たとえ反応がなくても「あなたを大切に思っています」「あなたはここにいますよ」というメッセージを発信し続けます。
実施する際の考え方としては、「ケアされる人」と「ケアする人」という一方的なものではなく、「関係」や「絆」を中心にとらえます。
具体的には、「見る」「話す」「触れる」「立つ」という人間の特性に働きかけ、ケアを受ける人に「自分は人間である」ということを思い出していただきます。そして、ケアを通じて、言葉によるコミュニケーションが難しい人とポジティブな関係を築いていくのです。その結果として、下記のような効果的な事例がみられることがあります。
- 攻撃的とみなされていた方がケアを受け入れるようになった
- 言葉を発しなかった方が再び話すようになった
- 寝たきりの状態だった方が立ち上がり、歩けるようになった…など
重要なポイントは「ご本人のレベルに応じたケアを本当に提供しているかどうか」です。ケアを行うときは、お一人おひとりの心身状態を見極めて最適なケアを行います
ケアのレベル
ケアレベルの設定では、「ご本人に害を与える可能性のあることは行わない」ことが大切になります。ユマニチュードでは、「忙しいから」「転ぶと危ないから」などの理由で行ってしまう強制的なケアをゼロにすることを目指します。
1.心身の回復を目指す
寝たきりの場合、筋力の低下や関節可動域の縮小などは症状を悪化させる原因となります。そのため、少しでも立位保持ができるようであれば、清拭(せいしき)を立ったまま行うこなうなど、可能な限り回復に努めた生活を心がけます。こうすることで筋力の低下を防いだり、関節の可動域を大きくしたりできます。
2.機能維持
身体の機能を少しでも維持するため、できるだけ車椅子すを使わずに歩くことなどを、日々の行動のなかに取り入れます。もし途中で車いすが必要になるとしても、歩けるところまで歩くことで現在ある機能を維持します。
3.最期まで寄り添う
心身の回復や身体機能の維持が難しくなった場合、残りわずかな力を奪わないように気をつけながら、できるだけ穏やかな最後を迎えられるように寄り添います。しかし、たとえ緩和ケアであっても、ご本人の残っている力を奪わないようにすることが大切です。
ユマニチュードの「4つの柱」
1.見る
水平に目を合わせて、正面から、顔を近づけて、見つめる時間を長くとるようにします。水平な高さは「平等」、正面の位置は「正直・信頼」、近い距離は「優しさ・親密さ」、時間の長さは「友情・愛情」というポジティブなメッセージになります。
ユマニチュードでは、ベッドに寝ている方が壁側を向いていたらベッドを動かしてでも正面から近づき、視線をつかみにいきます。
2.話す
ポジティブな言葉を用いて、優しいトーンで、穏やかに、歌うように話しかけます。返事やうなずきなどの反応がない場合は、「オート(自己)フィードバック」という技法を用いてみます。
オートフィードバックとは、自分の行っているケア内容を実況中継することです。たとえば「これから腕を洗いますね」「温かいタオルを持ってきました」「肩から洗いますね」「あったかくなりましたね」「気持ちいいですか」などの言葉をかけ続けます。
3.触れる
ポジティブな雰囲気でゆっくりと、手のひら全体で広い面積で、なでるように優しく触れます。触れるときは飛行機が着陸するイメージで、手を離すときは飛行機が離陸するイメージです。移動の際は10歳の子ども以上の力は使わず、身体のある部分を動かす際は、5歳の子ども以上の力を使わないように意識し、力づくで行わないようにします。
手や顔、唇などの敏感な部位にいきなり触れると驚かせてしまうため、最初は上腕や背中などから触れましょう。また、手首や足をつかむとネガティブなメッセージを伝えてしまいます。ケアを行うときは親指を手のひらにつけて、無意識につかんでしまわないように注意することが必要です。
4.立つ
「立つ」ことには、骨に荷重をかけて骨粗しょう症を防いだり、筋力の低下を防いだりする生理的メリットがあります。また、血液循環を改善し、肺の容量を増やすこともできます。
ご高齢者は、3日~3週間ほどで寝たきりになってしまう場合があります。ケアが必要なご高齢者には、立って歩く機会を1日20分程度つくることが必要です。
たとえば40秒間の立位保持が可能な方なら、40秒立っていただいている間に、清拭や洗面、歯みがき等のケアの一部を行うことができます。近くにいすを用意して、立位や座位を組み合わせるなどの工夫をしてみましょう。それぞれの時間を合わせれば、20分ほど立っている時間をつくれます。
ユマニチュードの「5つのステップ」
ユマニチュードの基本となる「4つの柱」を使って、実際にケアを行う手順を「5つのステップ」といいます。
- 出会いの準備
- ケアの準備
- 知覚の連結
- 感情の固定
- 再会の約束
「5つのステップ」のポイント
1.出会いの準備
友人の家を訪問するときのように、扉をノックして相手に来訪を知らせるためのステップです。ノックを繰り返すことで相手の覚醒水準が徐々に高まり、脳が人と会うための準備をします。また、「誰かが入ってくることを受け入れるかどうか」を選択していただくことができます。
2.ケアの準備
すぐにケアの話(「お風呂ですよ」「お薬ですよ」など)をするのではなく、「あなたに会いにきた」というメッセージを伝えます。それから、ポジティブな言葉でケアの提案をし、ご本人の同意を得てからケアを行います。もし3分以内に同意が得られなければ、いったんケアをあきらめます。
3.知覚の連結
「見る」「話す」「触れる」を使い、自分が発する「あなたのことを大切に思っている」というメッセージに調和を持たせます。
4.感情の固定
認知症が進行しても、感情に伴う記憶は残るといわれています。ケアが終わったら、ご本人にポジティブな感情記憶(「誰だかわからないけれど優しい人」「嫌なことはしない」など)をしっかりと残して、次回につなげます。
5.再会の約束
「また会いたいですね」「また来ますね」と約束をします。ご本人が約束を覚えていなくても「喜び」や「期待」などのポジティブな印象が残っていれば、次回も笑顔で迎えてくれる可能性が高まります。
ユマニチュードの効果
ユマニチュードによるケアはフランスで高い効果を上げており、認知症の人が服用する向精神薬の使用量が減少することや、介護スタッフの離職率が低下するなどの調査結果が報告されています。
認知症を発症すると、言葉や態度が攻撃的になることも少なくなくありません。しかし、ユマニチュードのケアを受けることでそのような症状が収まり、以前のような社交的な姿を取り戻すというケースが多く報告されています。
例えば、それまで暴言を繰り返していた人が、ユマニチュードのケアによって態度が一変し、介護者にピースサインをするようになることもあります。ケアを受ける人、ケアをする人どちらもが穏やかな介護生活を過ごせるようになるのが、ユマニチュードの大きなメリットです。